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発明王・政木和三の言葉とマルコによる福音書1章15節

発明王・政木和三の言葉とマルコによる福音書1章15節
出版ニュースの第21号で、「沢庵和尚とケセン語訳聖書」という文を掲載しました。
「マルコによる福音書1章15節」のケセン語訳が、沢庵和尚の「前後裁断」という言葉の真意に通じている、という意味の内容なのですが、数日前、自分の手帳に書き込んであった政木和三(まさきかずみ)の言葉が、やはり「マルコによる福音書1章15節」のケセン語訳に通じるところがあると感じましたので紹介いたします。
政木和三といってもご存じない方の方が多いと思います。彼は1916年生まれ。大阪大学工学部工作センター長などの経歴を持ち、エレキギター・自動炊飯器・自動ドアなど900件以上の発明をした人物です。彼の著作「奇跡の実現~欲望を捨てれば不可能が可能になる~」という本のあとがきに次のように書いています…
『人は何をするにも、肉体的な欲望を持ってしてはうまくいかない。
日本人はすぐ「一生懸命頑張ろう」と言う。しかし、「一生懸命頑張る」とは、裏を返せば欲望の目標を目指すことであり、よくないことはすでに本書で述べてきたことである。
真の「一所懸命」とは、目標は心の底にあるが、それを忘れて、自分の現在すべきことだけに全力を投入することである。
「人間よ、一生涯かかっても、絶対に成就しないような大きな願望を持て。持てば忘れよ。そして、その方向に向かって自分の足下の一歩一歩を堅実に歩めよ」。そして「頭の中にできあがっていることだけを実行せよ。実行に移れば神経を一切使うな」の神示が私の人生に奇跡をもたらしたのである。』
この政木和三の言葉の中にもケセン語訳の「マルコによる福音書1章15節」に通じると感じたのですが、いかがでしょうか…
前回と繰り返しになりますが、マルコによる福音書1章15節の「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」を、ケセン語訳では、「神の国」を「神様のお取り仕切り」、つまり「神様に守られている至福の状態」と訳しています。そして「神の国は近づいた」という言葉の「近づいた」とは、時間的というより空間的に「近づく」ことであり、「今、まさに、ここに、私たちのすぐそばにある」事だとしています。
そして「悔い改める」とはギリシア語の動詞「メタノエオー」で、「考えを転換する、こころを切り替える」事だとしています。(「ケセン語訳新約聖書」マタイによる福音書の解説231ページ、「マルコによる福音書」の解説173ページ)
「神様が守ってくださっている“至福の時”というのは今まさにこの瞬間の中にある。
“あそこにある”とか、“そこにある”とか、“来るべき未来”にやって来るとか“過去”にあった、と考えるのは人の錯覚で、“今この場所、この瞬間の中にある”」としています。
政木和三の、「頭の中にできあがっていること(=自分の足下の一歩一歩)だけを実行せよ。実行に移れば神経を一切使うな」という言葉の中には、自分のビジョンを信じ、今この時に働いてくださっている“神さまのおとりしきり”を信じている政木さんの心を感じます。

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コメント

最近は政木先生の情報ってあんまし出てないですよね。なんだか、もったいないというか、寂しい感じです。私は直接存じてないのですが、弊社の代表はよくセミナーなど参加していたそうです。少しづつ情報を広げていこうと思っていますので、協力頂ければと思います。よろしくお願いします。

投稿: 玄学設計 | 2005.04.18 11:35

丹澤先生、情報を有り難うございます。
地域の言葉を大事にした出版を、これからも大切に考えて行きたいと思っております。
早速探してみますが、もしURLがわかりましたらお知らせ頂ければ幸いです。

投稿: イー・ピックス 熊谷雅也 | 2005.04.14 18:05

熊谷様
既にご存知のことと思いますが、山浦先生にもご紹介したところ早速ケセン語でご参加くださいました各地の言葉での《主の祈り》、あれをさらに全国のものを集めて出版されると良いなと思っています。発信ホームアドレスは機械故障で失ってしまいましたが、どうぞ、探してご覧ください。
文化の根っこの地方言葉を大事にする、かつ弁脂ハムことヤソ吉より

投稿: 丹澤桂 | 2005.04.14 17:19

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